礼拝説教
/2026年8月8日、9日 聖霊降臨後第11主日 礼拝説教要旨
「荒波の中で」
列王記上19:9-18、ローマ10:5-15、マタイ
14:22-33
今日の福音書では、イエス様の弟子たちが、ガリラヤ湖のただ中で立
ち往生する、そのような様子が描かれています。湖と言っても現地の人
には「ガリラヤの海」と呼ばれるほどに大きな湖、そこで弟子たちは逆
風に漕ぎ悩んでいます。
彼らは夜中じゅう、不安定な海の上で波と格闘している。彼らの中に
はプロの漁師もいましたが、しかしそれでもどうにもできない状況に陥
っているのです。
聖書の世界において、水というのは創世記に記された原初の混沌の象
徴であり、夜の湖はその象徴でもあります。私たちには、自分の力の及
ばない、手には負えない状況の中で、混乱と恐れに捕らわれてしまうこ
とがあるのです。
しかしその混乱の中で、私たちの方へと近づいてきてくださる方がお
られます。イエスさまはこのとき、山の上で祈っておられました。山と
いうのは、聖書においては神様がおられる神聖なところの象徴ですが、
しかしイエス様は、弟子たちが漕ぎ悩んでいるのを見て、弟子たちの方
へと山を降り、湖の上を歩いて近づいてこられます。そして「幽霊だ(
元のニュアンスは「化け物だ」)と恐れる弟子たちに、「恐れるな」と
声をかけてくださるのです。
弟子たちは気づいていませんでしたが、弟子たちがまだ苦しみの中に
いるその時に、イエスはすでに彼らの方へ歩み出しておられました。こ
れはイエスさまの生涯そのものです。イエス様は人となり、我々の所に
降られた。そしてその方は、湖の上を歩くという、私たちの思いもしな
い所から私たちを訪れてくださる。
イエス様の弟子筆頭のシモン・ペトロは、イエス様に「そちらに行か
せてください」と願い歩み出しますが、ふと自分の周りで荒れ狂う波に
気づき、溺れかけます。しかしイエス様はそのペトロにも「仕方ないな
あ」と言いながら手を差し伸べて捕らえて下さる。イエス様の奇跡は、
私たちに「イエスはいったい誰か」を語ります。私たちは、自分ではど
うにもならない現実に翻弄されることがある。しかし、その中で私たち
に近づき、声をかけ、手を捕えてくださる方がおられる、それがイエス
様だというのです。私たちを取り巻くものがどんなに大きく強くとも、
それを超えて大きな方がおられる。そのことに信頼して歩みだしたいと
思います。