2026年8月15日「イエスを言い負かした人」「西川晶子牧師」

礼拝説教

/2026年8月15日、16日  聖霊降臨後第12主日 礼拝説教
要旨

「イエスを言い負かした人」

イザヤ56:1&6-8、ローマ11:1-2a&29-32、マタイ
15:21-28
今日の福音書を聞いた多くの方が、この物語のイエス様の態度に、釈
然としないものを感じるのではないだろうか、と思います。
今日イエス様と出会ったこの「カナンの女性」は、ユダヤ地方から見
るといわゆる「異邦の地」であるティルス・シドン地方に住む、異邦人
女性です。彼女は自分の娘が、重い病にかかっていた。そこでイエス様
に助けを求めに来たのですが、しかしイエス様は答えてくださらない。
「わたしはイスラエルの家の失われた羊のところにしか遣わされてい
ない」、とイエス様は言われます。つまりカナンの女である彼女はそこ
に含まれていないと言われたのも同然です。しかもイエス様は、「子ど
もたちのパンを取って小犬にやってはいけない」という言葉で、再びこ
の女性の願いを退けようとする。この言葉の意味は諸説ありますが、し
かしいずれにせよこの言葉は、あなたと娘はその中には入らないのだ、
と言われているも同然です。
しかし特筆すべきは、ここでの彼女のしなやかな対話です。彼女はイ
エス様の言われたことを受け止めたうえで、「主よ、しかし、小犬であ
ってもおこぼれに預かれますよね。」とイエス様に返します。彼女はこ
こで、謙遜ではありますが、卑屈ではありません。「私は確かに異邦人
ですが、しかしこの私もまた、あなたの恵みの食卓のもとにいる者です
。あなたの恵みはユダヤ人と異邦人、そのような隔てを超えて大きいは
ずです。」彼女はそのように大胆にイエス様と渡り合うのです。そして
この彼女の求めに、とうとうイエスさまは言い負かされました。ひとり
の外国人女性の願いに、心を動かされてくださったのです。
このカナンの女性は自分が異邦人であることを理解しながらも主に食
らいつき、そしてイエス様はその求めに応えてくださいました。私たち
もまた、たとえイエス様が沈黙されているように思われる時であっても
、自分は神の救いから遠いものではないかと思えるような時であっても
、「神様、それでも私はあなたの恵みの食卓の下にあるものですよね」
と信頼し、求め続けてよいのです。その交わりの中にいることを信じて
、祈り求めていくものでありたいと思います。