礼拝説教
/2026年5月9日、10日 復活節第六主日礼拝説教要旨
「神はあなたを離さない」
使徒17:22-31、Ⅰペトロ3:13-22、ヨハネ
14:15-21
今日の福音書も先週に引き続き、イエス様の告別説教と呼ばれる部
分です。これは、イエス様が逮捕される夜、弟子たちに対して語られた
言葉であると同時に、このヨハネ福音書が書かれた当時、まだ世におけ
るマイノリティであり、迫害下にあった世代のキリスト者へのメッセー
ジでもありました。
ヨハネ福音書の中には、「世」という概念が良く出てきます。しかし
これは少なくとも今の世界全部を指しているわけではなく、また「世俗
的」なことを切り捨てる言葉でもありません。ヨハネ福音書において「
世」というとき、それは当時の信仰者を取り巻いていた、この世の大き
な力のことを言います。自分たち圧迫する大きな力がある、しかしイエ
ス様がここで命じておられるのは、「その中で互いに愛し合って生きな
さい」ということでした。
この御言葉は、今の私たちへも向けられています。この世の中にあっ
て「愛し合いなさい」という神の掟を大切に生きる。しかし、私たちは
やはり、そう生きることが難しいことを知っています。わたしたち自身
がこの「世」の一員です。「神の御心によるのであれば、善を行って苦
しむ方が、悪を行って苦しむよりはよい」(第二日課)と聖書は言いま
すが、しかし私たちはそんな生き方を選ぶどころか、率先して人を傷つ
けることすら少なくない。そう考えると、この私こそ、神に逆らう「世
」そのものではないかと思えます。
しかし、「神はその独り子をお与えになったほど、世を愛された」(
ヨハネ福音書3:16)、私たちはやはりヨハネが「世」と呼んだそのただ中
に生きており、神の御心にふさわしいものではない。しかし、神はその
「世」を深く深く愛された。
この告別説教の後、イエス様は十字架へと向かわれます。そして弟子
たちは、そこから逃げ去りました。しかし私たちは、その先に何があっ
たかを知っています。あの十字架を越えても変わらない、むしろ十字架
の上でこそはっきりと示された神の愛がある。その方が「あなたがたを
みなしごにはしておかない」と、こんな私に約束してくださるのです。
私たちはそのイエス様の祝福を受けて、またここから出発します。与え
られた場所で、主に支えられつつ歩んでまいりましょう。