2026年5月2日「イエスの道を」西川晶子牧師

礼拝説教

/2026年5月2日、3日 復活節第五主日礼拝説教要旨

「イエスの道を」

使徒7:55-60、Ⅰペトロ2:2-10、ヨハネ14:1-14
4月の始めにイースターを祝ってから、もう一か月がたとうとしていま
す。私たちはまだイースターシーズンの中にいるのですが、私たちが復
活の喜びをずっと持ち続けることは、決して簡単なことではありません

そして実際に今、私たちの目の前にイエス様はおられません。聖書に
よれば、イエス様は復活の40日後に、天へと帰ってゆかれたからです。
もちろんイエス様は、ただ帰って行かれたのではなくて、その先で私た
ちのために場所を準備して下さり、待っておられます。しかし、私たち
はそれを見ることができない。
フィリポが、「主よ、わたしたちに御父をお示しください。そうすれ
ば満足できます」と言ったことに、私たちは共感できるのではないかと
思います。私たちに神様を見せてください、そうすれば安心できる。イ
エス様が見えない世の中で、どうしたら良いかわからず、不安になる時
が、私たちにはあるのです。
しかし、このヨハネ福音書はまさに、イエス様が見えない状態で目の
前の現実を歩む人々を励まし、支えるために書き残されたものでもあり
ます。そしてそのような私たちに、イエス様は「わたしが道である」と
示して下さいました。
私たちは、自分がこれからどのような道をたどるのか、自分で知るこ
とができません。道なき道を手探りで歩むような現実が私達にはありま
す。しかし、その私たちに「道」として、イエス様が与えられている。
「わたしを見た者は、父を見たのだ」とイエス様は言われます。イエ
ス様を見れば、神様が分かる。その方は、私のためにいのちを与えて下
さった。あなたのためなら死んでもいいと思うほど、私たちを愛しぬい
てくださった。イエス様はそのようにして、迷う私たちを「暗闇の中か
ら驚くべき光の中へと招き入れてくださった」方である。私たちは、こ
のキリストの道を歩むように招かれたのです。
私たちはイエス様についていきます。イエス様によって示された神の
愛の中に、私たちは、迷いながらも、確かに捉えられている。そのこと
に信頼してこの時代の中を歩むことが、私たちがイエスの道を行くこと
ではないかと思います。その信頼を新たにして、また新しい一週間へ進
んでいきましょう。