礼拝説教
/2025年7月12日、13日 聖霊降臨後第五主日説教要旨
「となりびとは誰でしょう」
申命記30:9-14、コロサイ1:1-14、ルカ10:25-37
「よきサマリア人のたとえ」という、よく知られたたとえ話が語ら
れています。このたとえ話は、ある律法の専門家が「イエスを試そうと
」行なった、「永遠の命に入るにはどうしたらよいでしょうか」という
質問から始まったものでした。その彼に対して、イエス様はこう問われ
ます。「あなたは、聖書をどのように読んでいるか」。そして「神を愛
し、人を愛することである」という答えた彼に、イエス様は「あなたの
答えは正しい」と言われるのです。しかし彼はイエス様のお答えに対し
、さらにこう問います。「では、わたしの隣人とは誰ですか」。これに
応えてイエス様がさらに語られた物語が、この「よきサマリア人の譬え
話」です。
誰が見てもここでこの追いはぎに襲われた人の隣人となったのは、最
後に登場するサマリア人です。しかし、おそらくこの律法の専門家は、
そう素直には受け取れなかったはずなのです。当時、サマリア人は、こ
の律法学者が属するユダヤ人とは犬猿の仲にありました。だからこそ彼
は「サマリア人です」と言わず、「この人を助けた人です」と回りくど
い言い方をしています。
この律法の専門家は、「誰がわたしの隣人なのでしょうか」と言いま
した。私たちは愛さなくてよい理由、助けなくてよい理由を探そうとし
ます。私たちはなかなか、倒れている隣人との間にある境界線を越えて
助けようとはしません。そのような私たちは、神さまの敵でしかないの
かもしれません。
しかし、そんな私たちのために、イエス様は世に来られた。サマリア
人が、倒れている人をわが身を顧みず助けに行ったように、神のもとか
ら私たちのところを訪れてくださったのがイエス様です。神と隣人を軽
んじる私たち、しかしそのどうしようもない私たちを御自分のものとし
てくださるために、イエス様は私たちのところにやってきてくださった
。その方が、「あなたも行って、同じようにしなさい」と言われます。
主がわたしたちを憐れみ、イエス様をわたしたちのただ中に送って下さ
った。その方に私たちは、とらえられている。
その恵みの中で、私たちもまた、「行って、あなたも同じようにしな
さい」というお言葉を受け止めて歩んでいきたいのです。