礼拝説教
2026年7月25日、26日 聖霊降臨後第9主日 礼拝説教要
旨
「天国を知る」
列王記上3:5-12、ローマ8:26-39、マタイ13:31-
33&44-52
マタイ福音書13章全体を通して、イエス様は私たちに「天の国」を
指し示しておられます。身近なものを通して天の国を語られたイエス様
は今日の福音書の終わりに、「天の国のことを学んだ学者は、自分の倉
から新しいものと古いものとを取り出す一家の主人に似ている」と言わ
れます。一家の主人が倉の中の自分の持ち物を一つ一つ見直すように、
天の国について知った者は、自分が生きているこの世界を、新しい目で
見る。それが天の国を知ることだと思います。
畑を耕す小作人、真珠を探す商人が、自分の仕事をしている中でそこ
に隠された宝や特別な真珠を見つけたように、ごく当たり前の現実、し
かしその中に、この世の中で最も尊い宝が隠されている。私たちの目に
見える世界は決して理想的な世界でなく、神の救いや恵みを期待しても
、それを妨げるような現実がある。しかし、イエス様はその中において
確かに始まり、そして広がってゆく神の国の姿を示します。
「天の国は、からし種のようなものである」。吹けば飛ぶような小さ
な種が、蒔くとどんな野菜よりも大きくなる。私たちには当たり前のよ
うに思えるその出来事、しかし実はそこで私たちの思いを超えたできご
とが起こっている。わずかなパン種がパン生地を何倍にも膨らますよう
に、私たちの世界の中で始まった神の恵みは、私たちのあずかり知らぬ
ところで確かに広がってゆく。その恵みは、イエス様ご自身の命によっ
て、この世界に示されました。聖書は、イエス様の十字架の死と、そこ
からの復活を示します。イエス様は十字架からの復活により、すべてが
終わったと思われた所に生きて働く神の恵みを示された。天の国を知る
とは、その、私たちの現実を越えて広がる、神の恵みを仰ぎ見ることで
す。
目の前の現実は確かに現実としてそこにある、けれどもそれはイエス
様による神の愛がすでに示された現実であり、そしてその恵みは今も生
きて、この世界の中で働き続けている。それがこの私たちの生きる世界
の中に隠されている宝です。私たちはイエス様によって示された恵みの
世界を生きている、そのことに希望をもって歩み続ける者でありたいと
願います。/