礼拝説教
/2026年4月4日、5日 「主の復活」主日礼拝説教要旨
「喜びの朝」
エレミヤ31:1-6、使徒10:34-43、マタイ28:1-
10
イースター、おめでとうございます。マタイ福音書によれば、イエス
様の復活の第一声は「おはよう」でした。「カイレー」(喜べ)という
ギリシャ語ですが、聖書世界ではごく日常的な挨拶として用いられてい
た言葉です。
しかしこのとき、イエス様からこの挨拶をいただいた女性たちは、そ
のおはよう、がどれだけ恵みに満ちたものであるか、知っていました。
イースターの朝、復活のイエス様と最初に出会ったのは、イエス様の死
を最後まで見つめた女性たちでした。しかし、その方がいま、目の前に
立って「おはよう」と声をかけてくださっているのです。もう失われた
と思っていた方がそれまでと変わりなく、なんでもないように「おはよ
う」と声をかけてくださる。十字架を最後まで見つめぬいた女性たちは
、この言葉によって復活の光に照らされたのだと思うのです。
そしてその恵みは、墓に向かわなかった弟子たちにも向けられていま
す。「行って、わたしの兄弟たちにガリラヤへ行くように言いなさい
」。イエス様の十字架の時、堪え切れずにその場から逃げ去った弟子た
ちは、このとき、まだ絶望の中に閉じ込められています。
しかし復活されたイエス様は、その彼らを「兄弟」と呼ばれるのです
。弟子たちはまだうずくまっていて、イエスの復活どころではない。し
かし十字架から立ち上がったイエス様は御自分を見捨てた彼らのことを
変わらず「兄弟」と呼び、彼らと出会うために、彼らよりも先にガリラ
ヤへと行かれます。
今日の第二日課の使徒言行録において、弟子のリーダー格であったペ
トロは自分たちのことを「選ばれた者である」と言います。しかしそれ
は決して、彼が自分を誇っているのではありません。自分たちは弱かっ
た、イエス様を見捨てて逃げてしまった。しかしイエス様は復活して、
そんな俺たちと再び出会ってくださった。ペトロはそのことの証人なの
です。
十字架という極みの出来事から立ち上がって、女性たちやペトロと出
会ってくださった方。その同じ恵みがわたしやあなたにも確かに注がれ
ている。その恵みを今日、私たちも共に喜びたいのです。