2026年3月7日「いのちの泉」西川晶子牧師

礼拝説教

/2026年3月7日、8日 四旬節第三主日礼拝説教要旨

「いのちの泉」

出エジプト記17:1-7、ローマ5:1-11、ヨハネ4:5-42

今日の福音書は「サマリア」と呼ばれる地域での、ひとりの女性とイエス様との出会いの物語です。サマリアは、イエス様が活動しておられたユダヤ地方と隣接しています。しかし、当時ユダヤ人とサマリア人とは犬猿の仲であり、ユダヤ人であるイエス様がサマリアにおられるのは、実は奇妙なことでした。

イエス様はこの女性と出会い、彼女に水を求めるのですが、彼女はこう言います。「なぜユダヤ人のあなたが、サマリア人のわたしに水を飲ませてほしいと頼むのですか」イエス様とこの女性との間には、いくつもの壁があります。ユダヤ人とサマリア人。男性と女性。それに加えて彼女はわざわざ真昼に水を汲みに来なければならない事情を抱えた、いわば訳ありの女性でした。

彼女はこれまで五回結婚し、しかしそのすべてが何らかの理由で継続できず、今は夫ではない男性と暮らしている。そのような彼女が、社会的にどんなレッテルを貼られていたか、想像できます。イエス様はその彼女に「あなたの夫を呼んできなさい」といい、そして彼女はイエス様に「夫はいません」と答えます。彼女は嘘は言っていませんが、、すべてをありのまま伝えたわけでもありません。しかしイエス様はその彼女に、「あなたはありのままを言った」と言われます。

嘘は言っていない、でもありのままのことも言えない。それが彼女の心の「ありのまま」です。そしてそれをイエス様は、彼女が口に出さなくてもご存じでした。彼女とイエス様の間には、越えられないように思える壁があった。彼女自身の中にも大きな痛みがあった。しかし、イエス様はその壁を越えて彼女と出会い、彼女を捉えて下さった。口にできない痛みも含め、イエス様は彼女のすべてをご存知の上で、彼女と出会い、語りかけられたのです。

「もうここに水を汲みに来なくてもいいようにしてください」と言っていた彼女は、イエス様との出会いによって、街の人々に自分からイエス様のことを告げるものへと変えられていきます。ありのままの私たちと出会い、語りかけ、命を潤し、回復してくださる方。そのいのちの水の泉であるイエス様によって、わたしたちも救いの中へと招かれていることを、思い起こしたいと思います。